敦煌壁画の歴史と発展
     
〜21世紀の模写活動に向けて〜

               2001.1.10
敦煌研究院美術研究所 副教授  高 山

一 歴史

敦煌莫高窟第における最初の模写を行ったのは、1941年、世界的に著名な中国画家の張大千氏とされる。彼は莫高窟に二年間住みこんで、各時代の壁画の中から数十点の美しい箇所を選んで模写した。
1942年、四川省重慶の中央大学で『大千敦煌壁画展』が開催され、その精華が発表された。

 中国人の敦煌壁画の印象は張大千の模写によって広まったといえよう。
大千の模写は現状をありのまま模写するのではなく、壁画が芸術作品となるよう
完璧に整理された、いわば理想的な作品だった
即ち、壁画の変色、不明部分や、剥落した部分が推定復元された作品だったのである。
 その頃から中国美術界に敦煌の名が登場した。
以後の敦煌学者や画家の段文傑、李h瓊史葦湘等、約10名位の四川省青年画家たちが張大千の敦煌壁画に魅せられて、一生を敦煌事業に奉げることになる。

      
              

             張大千の模写絵 当時、窟番号は未定     

1944年「国立敦煌芸術研究所」設立。フランス留学油画家・常書鴻が所長に就任した。
当時の研究所の模写画家たちは中国の芸術大学卒業生で、中国画専攻だけでなく、
西洋画専攻の画家達もいた。この頃から張大千式の模写だけではなく、
もっと客観的に壁画の現状を模写することが始まった。

二、現状

中国の改革開放にしたがって敦煌壁画も世界に公開され、
模写絵の海外展示会も多くなってきた。
主催者側から芸術としての模写絵だけでなく、
歴史文化財としての洞窟複製品の展示が要求されるようになった。
このような時流の中、
80年代の敦煌研究院では模写画家が不足したため、
芸術大学の卒業生を募集し、
私達がその時に招来された。
 こうして我々は、90年代末までに、数多い莫高窟の中でも
代表的な芸術性の高い10の洞窟を複製することが出来た。
同時に各時代の良い壁画を、張大千式の芸術的に完璧に仕上げる模写と
客観的な模写手段を融合して修復、あるいは整理模写した作品も少なくない。
その結果「敦煌研究院美術研究所」は壁画模写の目的によって三つの模写方法を決定した。

1、「現状模写」 外見の状態を実物とそっくり一致させる。
  ただ、古人の技法とは全く関係なく、歴史文物のコピーとして製作される。
  これは洞窟全体の複製を作成する時に用いる方法。

2、「整理模写」 基本的に外見状態と一致する、
  ただ、壁画が持つ古色性を除き、元絵の形と色を重視して模写される。
  文化財というより絵画に近い。展示会及び収蔵品として使用される。

3、「復元模写」 描き方も含めて、古代の画師のように絵を描く。
  剥落や変色の部分を歴史考証の上、元に返して描く方法。
  従って敦煌壁画最初の原始状態が再び現れる事になる。
  この模写を行う場合、模写画家は古人の表現手段
(テクニック、構図、着色、線描、色バラ  ンス)を研究し、学ぶ中で壁画の中の“精神”というものを体験すると共に表現する事を旨  とする。
  大千式の模写に近い。

三、発展

敦煌石窟は490窟以上の数にのぼるが、
その中で歴史価値がある石窟は、約半分しかない。
更に、その中の芸術価値がある美しい壁画は
5分の1にも満たない。
絶品といえる塑像、壁画は指おり数える程度なのである。
この事実は受容しなければならない。
芸術価値がある壁画は、既にほとんど模写された。
事実、私は、ある絶品といわれる窟を上記・三種類の模写手段で、
全部模写したことがある。

歴史文物の資料として壁画を扱う場合、保存科学といった
科学技術が日進月歩の今日、写真・特殊印刷・コンピュター等で
人工模写をやれば早くて忠実なのではないか、と言われている。
敦煌壁画の模写が、これからどの方向へ行くか、敦煌研究院の課題となっているのである。

級品の洞窟の複製はもう終わり、級品の洞窟複製が、多おそらく今後の仕事だと思う。
その一方、発展の見地に立って、勇敢に考える立場もある。
模写活動だけではなく、芸術創作活動も行っている敦煌研究院の画家たちにとって、
敦煌壁画が歴史芸術として尊いのは当然だが、
純粋芸術としては遺憾な点も多々あると感じているのは事実である。
私達は十何年間の壁画の研究と模写の知識、技法を培って来ただけでなく、
同時に強い造形能力追求の願望を持っている。
死ぬまで古人を写す事よりも、むしろ新しい敦煌壁画を描こうという思いが高まる。

文化財としての敦煌壁画は3分の2は素晴らしい画だが、残念な事がある。
一つ目は、年代の経過による、崩壊、変色、退色等の変化。
二つ目は、壁画制作をした昔、師匠の下書きの上に、未熟な弟子達が線描や色付をして、
芸術的な絵をを下手に書いている場合が多い事である。
具体例をあげると、ある菩薩像は手だけが大きすぎる、
又、ある天女は全体の姿は良いが顔は醜女、
あるいは絵全体の構図は良いが表現方法がミスマッチである、など。
その結果、残念ながら佛教芸術の荘厳、静謐の雰囲気が失われ、
芸術の美が見られなくなっている作品も多いのである。
そうした場合、現代画風及び西洋画、インド仏教画の長所を取って、
新しい敦煌壁画を描いても悪いことではないだろう。
これを私は第4の模写方法として、創作と模写を融合させた新しい活動と考えている。
そうした、いわば温故知新の敦煌壁画を現実化するには、
長年の敦煌壁画模写経験と芸術創作経験を両方持っている画家しか出来ないのではないか。
その事業は、私達から始めたい。


我々は、2
1世紀に、この4番目の模写方法である「再創作模写」の誕生する日は
遠くない信じている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上
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